マルメロの陽光

スペインの映画監督、ビクトル・エリセが好きだ。1作目の「ミツバチのささやき」を学生の頃、有楽町の小さな映画館で、何度も観たっけ。その頃は映画を作るサークルにいたから仲間内でも話題の作品だった。そして2作目の「エル・スール」少女の目線と静かな映像美は忘れられない。そしてこの間、エリセの3作目となる、画家を撮ったドキュメンタリー風の映画「マルメロの陽光」というのがあると教えてもらった。もう10年以上前の映画なのに、3作目がある事を最近まで知らなかったのだ。そして、なんとかして観た。またしても、静かな感動が。じわりじわりとやってくる。画家がひたすら終わらない絵を描いている。犬が吠えている。工事の音が響いている。雨が降る。マルメロが熟していく。友人と語らい、歌う。特別なことは何も起こらない。坦々とした時間の流れに、人生の縮図が見える。言葉では表すことのできないものがたくさん。画家が見ているものは、言葉では言えない。だから絵を描く。その姿が語るものもまた、言葉にできない。だから映像になる。この映画の持つ2重構造には画家と監督それぞれの、表現に対する深い愛情を感じさせられた。まがりなりにも絵を描く者として考えた。完成することや結果が問題なのではない、それよりも描くというプロセスを愛すること。それは人生においても、死ぬために生きるのではない、今生きているというプロセスを愛する、ということと同じなのではないかと。

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