アレクセイと泉

15日 恵比寿のTOMMORROWLANDにて「アレクセイと泉」の上映会に行ってきました。主催は女優の木内みどりさん。木内さんの挨拶と、監督からのメッセージの後、上映が始まった。チェルノブイリの事故の後、政府から移住勧告が出された土地に残り、暮らしている老人たちと、ひとりの若者。洗濯機があるわけでも、電子レンジがあるわけでもない生活をしている人たちの土地が、原発事故のために、放射能だらけであるという事実。ジャガイモ畑からも、キノコからも森からも、放射線が検出されているというのに、そこにある泉の水からは検出されない、という不思議。みんなはその泉に十字架を立て、祈り、毎日水を汲んでいる。ブリューゲルを思わせる雪景色。その暮らしぶりは、過酷だけれど平和。たんたんとめぐる季節。おばあちゃん達は、みんなマトリョーシカみたいで、かわいい。自給自足。働くことが生きること。老夫婦の些細な会話。馬やカエルに話しかけるアレクセイ。そこには自然と共に暮らす、人間の本来の姿があった。あまりにも、のどかで幸せそうに見えるから、そこに横たわる、大きな悲しみがあることを、忘れてしまいそうになる。放射能は見えないのだ。

上映後、スタッフさん紹介ののち、懇親会でワインと軽食がふるまわれた。テレビや雑誌で見たことのある人たちが、ちらほらいて、ちょっとびっくり。署名も集められていた。反原発の動きが、いろんなかたちで、どんどん広がっていることを実感しました。

デモに参加しました。

4月10日。原発反対のデモに参加してきました。主催者は池田香代子さんはじめ、市民団体。まずは芝公園にて集会。東海沖地震はこれからくると言われているのに、そんな地震がおきたら、活断層の上にある浜岡原発はすごく危ない。全ての原発に反対の意思を示すのはもちろんのこと、浜岡原発すぐ止めて!というのがこのデモのメインテーマ。デモのコースは、経済産業省別館前、中部電力東京支社前、東電本社前、銀座数寄屋橋から、東京駅前を通り、常磐橋公園で流れ解散。参加者は2500人くらいだったよう。桜満開の芝公園。

集会で配られたビラの中に「福島原発 暴発阻止行動プロジェクト」結成へ向けて参加者募集。というのがあった。福島原発の汚染された環境での冷却設備の設置など、長期にわたる現場での作業が必要になってくるため、次世代に負の遺産を残さないために、技術能力を蓄積してきた退役者たちが、現場で作業する行動隊を結成しようというもので、代表者の住所が、うちの近所だった。被曝覚悟のボランティア。参加条件は60歳以上。これを見たら涙が出てきた。

静岡の市民団体の人の現状の説明と演説。芝公園の周りは警察車両や警官に囲まれて、ちょっと物々しい雰囲気もあった。
ツイッターで芝公園なう、と呟いたら、同じ場所にいたKさんからリプライをもらい、アイコンから飛び出したみたいに対面を果たして、一緒に歩くことができて心強かった。行きたいけど行かれない人の分と、一緒に列に加わり、警官に誘導されながら歩く。経産省の前には警官がずらり。ちょっとした小競り合いがあった。

科学やらコストやらのことは、わたしにはわからない。だけど、人が死ぬとか、いつも誰かが犠牲になっているとか、乳児が危ないとかいうのはイヤなんだ、ということはわかっている。理論をあれこれ言われても、身体の奥から暗いものがわき上がってくる。科学的にどうであれ現実はこうだ。こんな現実を突きつけられながらの生活には、どうしても罪悪感を感じてしまう。幸せって何?霞ヶ関から東電本社前へ向かう。

くり返される余震が、警告のように思えてならない。今回のような原発事故は明らかな人災だ。天災によって起こるかもしれない事故に対する、想像力の欠如があったことを、認めなければならないし、これは与えられた機会なんじゃないかと思う。子供が子供を産んで、そのまた子供が生まれるような時代になっても、もし同じことがくり返されるなら、自分が親として生きている今、この機会に何もしなかったことを、きっと後悔するだろう。経済がどうとかいうよりも、放射能汚染なんて、怖いしイヤだ、という身体感覚が大事なんじゃないか。自分の頭では議論を展開することも、電力をどうにかすることもできないけど、歩いて意思を示すことならできる。デモに参加する動機は、それで十分だと思ったのだった。
数寄屋橋交差点。歩道に人が増えてくる。足を止めて見ている人や、子供がシュプレヒコールを真似るなど。

その日は都知事選もあったので、夜ぎりぎりになって、石原じゃない人に投票してきたけど、帰った時にはもう当確が出ていた。都内で2つもデモがあったのに、ほとんど報道されないのは、選挙のせいだけではないんだろう。海外のメディアはけっこう来ていたのに、日本のメディアは電力会社とのしがらみがまだまだありそうだ。youtubeではいくつか様子が見れる。既存のメディアに頼る時代もすでに終わった。

飛行機は危ないから船に乗る、という選択肢はあるけど、原発は危ないから風力から買う、というような選択肢は今の日本にはない。今までそんなこと、考えたこともなかった。

田中優氏(http://tanakayu.blogspot.com/)のような人や、未来のエネルギーについて考えている人には希望をもらえるし、今朝見たウォール・ストリート・ジャーナルの記事「日本の資源は「人」にあり」も冷静で、光があった。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110416-00000001-wsj-bus_all

自然の脅威と、多くの犠牲と、悲しみが教えてくれたことの重さ。こんなことになるまで気付かなかったことは残念だけど、これからは意識しなければならないだろうと思う。

そして、過去と現在、原発の現場で働いてくれている人たちには、エールを送ることを、忘れてはならないと思う。
思いが届きますように。

儚い世界に思うこと

自分が生きている時代に、こんな大震災が起きるなんて、夢にも思わなかった。2月の半ばに手術入院してよたよたと退院し、なんだか、生まれ直したような気になっていた矢先の、こんな大惨事。大きなショックと、荒波のように、次々と押し寄せる情報。「目に見える物事は意味として現れる」という、現象学的見地を信じるとしたら、今は試されている時でもあり、自らを試す時でもあるような気がしている。

多くの死と、続く放射能汚染。悲しみと、不安と、恐怖のただ中で、何に耐え、何に抵抗し、何処に希望を見いだせば良いのか。なすすべがない事を知り、無力を思い知りつつ、自分の内に、わずかに浮かび上がるものを探している。震災後、自殺者が減ったいうニュースは、深い意味を持つのではないか。

安全神話は、まざまざと崩れ去り、穏やかなはずの海が、一瞬にして全てを奪ってしまえるような世界に、自分は住んでいたのだった。世界は、こんなにも儚いものだった。きのう、公園を散歩して思った。この建物も、バスも、芝生も、砂も、花も、犬も、そして人も自分も、明日まだあるとは限らない。これからの人生は、そんな儚い世界の、生き残りとして、生きていかなければならないような気がしている。生き残った人間のすることとは? とは、とは。。。。

ああ結局は、今日を生きていることを、謳歌するより他にない。寝たり、起きたり、食べたり、笑ったり。もたらされた幸せに対しては、疑問を持たずに、ただ感謝できればいい。当たり前の毎日が、当たり前なんて言っちゃいけないくらいに、本当はどれほどありがたく、愛おしいものであるかということを、いつも思い抱きながら暮らすのだ。灯りが消えて、見えたものがあるはず。癒えない傷から、何かを学ばなければならない。これからだ。

儚い世界に桜が咲いた。

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