のスナップ

2005年5月

5/2
朝、起きる少し前に、
またメッセージかもしれないものがやってきた。
「現象学」という筆で書いたような太くて大きな文字が見えて
げんしょうがくダヨ!という声がする。
文字のヴィジョンと声が同時にぐわーんとやってきた。
な、な、なんだ?と思って目が覚めたのだ。
たまに明け方の夢で声が聞こえることはあったけど、
こんなふうに文字が見えるのは初めてだったので少しびっくりした。
現象学なんて、わかるかな。
とりあえず、わかりそうな本を探してこよう。

5/13
差し出される出来事。
さあどうする?と言わんばかりに、
目の前に出来事がやってくるのだ。

5/24
しばらく、のほほんと日々を過ごし、
子供の運動会に行ったり、友達とランチをしたり
母親と出かけたり、穏やかな日々だ。
みんなそれぞれに、自分のステージを、持っているんだなあ。
なるほど。これが私の世界なんだなあ。

5/30
すっからかんになってみた。
何をするにも何も考えず、
何を見てもなにも考えない。
聞こえたら聞こえたまま、感じたら感じたまま。
それ以外のいわゆる、自分の考え というのを無くしてしまうのだ。
そうやって、何日か過ごしてみたら
案外いろんなことが、すらすらできるもんだなあと思った。

5/31
何もしていないように見える一日がまた、終わろうとしている。
日常の雑事には、成果なんていちいち見えないのだ。
もっとやらなきゃ、もっとこうしなくちゃ、もっと、もっと・・・
いつまで「もっと・・・」と言わなければならないのか。
ゴールを目指してというが、ここがゴールだったらどうなのか?
禅の考えでは、いつもここがゴールだという。
どんな状況であれ、今というものがピークなんだと。
なるほど、そう考えたら今は、こうだけど、
いつかはなんとか、、なんて意味ないな。
今がゴールなら、同時に今がスタートじゃないか!
寄せる波の先端が常に「今」なのかもしれない。
何処かで起こった波が、浜辺に打ち寄せられるまでの動きを
一生だとしたら、すべてを含んで運ばれてくる波の先端が
今のココかもしれない。
波のように、波の先端のように。
常に常に、戻れないところに、私はいるのです。

[BacK]