のスナップ

2005年4月

4/16
そうだった、理解してくれている人がいるじゃないか。
その大切さを、もう一度
私は、知らなければならなかったのだ。
先週は、一生懸命描いたものが、
あまり気に入ってもらえなかったので
自分の力不足を感じて、少しめげそうになっていた。
でも、めげてる場合じゃなかった。
そして このことで、判ったことがいろいろあった。
今度は、理解してくれる人の、言葉に勇気づけられ
このまま自分の表現を、追及する必要があると思った。
やっぱり、自分のやり方で
このままやっていくしかないのだと
かえって熱意を新たにしたのだった。

4/17
生き物でも物体でも、
その中にある記憶と、情報のパターンがある。
形あるものは、そういうもので、織り成されていて
かろうじて形を保っている、あやうい存在なのだ。
存在するものには、境界線を越えて、
溶け出してゆく性質がある。
境界線に囲まれたところまでが、そのもの なのではなく
その廻りにも、そのものの要素は 存在している。
そしてそれらの空気は、混ざり合っているものの
それぞれのエッセンスは、どこまでも それであり続ける。
そういうイメージが、常にあって、
最近、形あるものを描いていると、
だんだん形が崩れていってしまうのだ。
そして そのものよりも、それの背景を描きたくなってしまう。
そのうち、背景だけになってしまいそうだ。
ものと、背景のせめぎあい。。。
それを、なんとかしたいな なんて思いながら
描いていることに、自分で気が付いた。
このところ、具象を抽象化して描いているが
少し重たい気分にもなる。
形から開放されたいのかもしれない。

4/24
朝、無作為に開いたページの一節を
今日の指針にすべく、老子の本を使っています。
友達がくれた その本の、
易しい言葉で訳された それらの詩には、
また違った味わいがあり
偶然開いたページにも、必ず役に立つ一節がある。
近頃の不安定な私には、とても助けになっているのでした。

[BacK]