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9/5
寒い夏が終わって悶々としていた今日この頃。
久々に画廊へ行ってみた。
思うようにいかない自分に悩んでいたのだった。
私には何が欠けているのだろうかと悩んでいたのだった。
画廊では現役の学生さんが個展をやっていて、写真作品のファイルに
欠けているものを補うにはどうしたらいいんだろう?
という言葉が書いてあった。
なんともタイムリーな話。
そうなの。欠けているものは何なの?足りないものは何?
と、考えていたところだったのだ。
意気込んで絵の具を溶いても、描いたものは ぐちゃぐちゃで
人に見せられる代物ではないし、絵の具で爪の中は真っ黒だし
なんともいえない歯がゆさを感じ、悶々としていた。
絵なんか描いてて何か人の役に立てるんだろうかと。
お金にもならないし、自分でしたいことをしている満足があっても、
そのことで、誰か人のためになることはあるんだろうかと。
きのうもそんなことをぽろりと友達に話してしまったら
精神的なところで見る人の役に立つ事だってあるし、
どこかにきっとそういうことを待ってる人がいるんだよと
言ってくれた。
もしかしたら足りないんじゃなくて、余っているのかも。
ちょっと鬱なんだろうか。
そしたら、その日に来たメルマガに
鬱というのはエネルギーが過剰な状態なんだって書いてあって
これってやっぱり、余ってるってことだよなーと
またまたタイムリーな話題に出くわしたことに驚いた。
ココロのうずうずは消えないけど、救われた気もする。
余った何かがあるとしたら、
おつりを多くもらい過ぎた時たみたいに
そのことに少し罪悪感を感じるのかもしれない。
9/6
アンビエントのラジオを聴いていてはっと思った。
自分の箱はこういう性質のものかも。
違う形の箱に入ろうとしてもはじめから入れない。
本来の自分は、暗くて、ネガティブで、弱くて、重い。
この単調な音楽のように変化も小さく、リズムもあやうい。
たしかに自分にもチャンネルはいくつかある。
それが今、ちゃんと合っていなくて、なんだかずれていたような。
チャンネルをあわせて
弱く、暗く、小さく、細く描いてみたらどうかな。
9/18
自分の中で足りないものと余っているものとの
バランスがまだおかしい。
余っているものを使って
足りないものを補うことはできるんだろうか。
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