のスナップ

2000年6月


湧き出すものと、降り注ぐものは、たぶん おんなじ。
私という 乗り物に 乗っている 今のところ。
爪の形を 眺めてみる。
薬指は なぜか苦労知らずのように見える。

枝先と 空との境目に、なにかある。

叫ぶのではなく、呼ぼう。

きっぷの角で、頭を掻く。
伸びたまゆ毛であいさつ。

自由とは、全体としての私から、
ひとつ ひとつを 選ぶことだとわかる。

5月

醒めない夢を、ずっと見ている。

自分の左手がきれいに見える。
なんだかこの手の中に、夢みたいなものが、
眠るようにして、詰まってるんじゃないかと思った。
指先の方まで、けっこうぎっしりと。

言葉を捨ててみると、
何かが通り抜けてゆくような 感じがする。
なにかか、溶けていくような
開いていくような。
風通しがよくなるような感じ。

そんなふうに、ただ見ていると、
何がどうというのではなくて、
ただ、いっぱい「在る」んだと思った。
ひたすら「在る」んだなあと。
そうやって、すべて、みち満ちている。

生きていることそのものが、
人間の仕事なんだな。

雑草も新緑。

4月

絵は わたしが伸ばした手の
指先のような ものかもしれない。
誰かと、何かと つながりたくて
伸ばした 手の・・・

身体は、借り物のような気がした。
呼吸が、本当の私なのではないか。
借り物の中に、呼吸という私が出入りする。
休まずに、刻々と。

鮮度のある絵って?
描きこみすぎると腐ってゆくよ。

お茶を飲む庭師。

セーターなのに素足。

3月

自分が吸う 空気のなかに、
自分に必要な あらゆる情報がある。
それで 充満している。

目に見えない空気を、皮膚で、身体で、見る
そんなふうに 感じることだと思う。
視覚だけに頼らずに、
全体的に、キャッチすることなんだ。

身体の、内部が外で、
外界が 自分の内部だと思ってみる。
眼球を、裏返しにして 見るようにしてみる。
外界だと思っている この世界が、
自分の本質なのかと思った。

考えではなく、出来事のほうを信じる。

2月

夜のベランダに出てみた。
頭上で瞬いている星と、顔の横で、
風にそよぐ 干してあるパンツ。
さほど 違うものでないような気がした。

いるというだけでいいなんて、
そんなのソフトすぎるかな。
私は自分の存在を、ちゃんと認め始めている。

存在は、出来事なのだ。
人生も、連続する出来事だ。
「私」なんて 空っぽのままでいい。
空っぽだって、出来事は起きる。

人間は、考えなければ 
善として 生きていくのではないだろうか。

隔たりのない世界へ、流されてゆけ。

2000年1月

移りゆくものを 
やきつけるために 映す 。
というより、全部をとらえよう。
かたち 重さ 空気 におい 温度 感情。

私の皮膚から、自分の吐く息の
暖かさまでが、沁み込んで来るようだ。

私は私の役割をになう。

[BacK]